Crisis〜戻らないあの時〜

 

 

 

 

何もない世界で、全てを無くした僕はただ一人で立っていた。


昔は仲間達と騒いだり、楽しかったなぁ。


そう呟いても、僕の声は誰にも聞こえない。


僕の全てを奪ったのは、去年の夏だった。

 

 

「お前、兵に出願するんだって?」


教室のどこからか、そんな声が聞こえる。


敵国スレキア王国と、僕の住む国アクレイム王国の戦争が始まったのは3年前。


日に日に戦争は激しくなり、たくさんの街が廃れていった。


この街、クライスもまた同じで、たくさんの建物が無惨にも崩れていた。


20歳以上の男は全員戦争にかり出され、街にいる男はほとんど子供ばかり。


中にはすでに両親を失った子供もいる。


そんな子供達のために、シスターマリーが学校を開いてくれた。


文字の読み書きや歴史など、最低限のことを教えてくれる学校だった。


それでも、俺達は嬉しかった。


そして、僕と同じ学年…今年20歳になる者は悩んでいた。


誕生日が来ると同時に兵士として連れて行かれる。


自分で志願するか、強制連行されるか、だ。


自分で志願すれば、家族達に少しだけ金が与えられる。


それでしばらくは暮らしていけるのだ。


しかし、強制連行された場合は…。


本人は勿論、家族も周りに非難の目で見られる。


兵に出願すると言っていたクラスメイトの誕生日は明日。


そして、僕の誕生日は明後日。


行きたくない。死にたくない。


そんな思いが、僕の中を埋めつくしていた。


「どうしたの?アスム。」


「…ミラか。」


突然声を掛けてきたのは、幼馴染みのミラだった。


優しくて、みんなのアイドル的存在のミラ。


「……何でもないよ。」


この気持ちを悟られてはいけない。


僕にはもう家族なんていないけど、ミラのご両親には今でもお世話になってる。


僕がこんな気持ちを抱えてるなんて知られたら、ミラとミラのご両親がみんなに非難されるに決まってる。


そんなの絶対嫌だから…。


誰にも言えない秘密を、僕は静かに心の中にしまった。


―――今夜、決行する。―――

 

 

 

誰もいない道を、僕は音を立てないように走った。


少しでも音を立てれば、兵隊に気付かれてしまう。


目指すは南東にある森。


最低限の物はカバンに詰めてある。


偽造の身分証明書だって作った。


僕は今夜、この街を出る。


そこら辺に転がっていた死体を僕の家に運び、火を付けた。


これで中にある誰か分からない死体は、きっと僕だと思われる。


その間に、僕はこの街をでるという作戦だ。


きっと上手くいく、きっと…。


後ろの方には赤い光がちらちらと見える。


きっとみんなあちらに目がいくだろう。


誰も通らない細い道を通って…、等々街の門を抜ける。


調べていたとおり、丁度見張りの交代の時間で誰も立っていない。


気付かれないよう走り抜けて、森を目指す。


後ろの方から騒がしい声が聞こえるが、振り向かない。


振り向いて等いられない、時間がないのだから。

 

 

しばらく走り続けて、ようやく目的地の森に着いた。


森に着いて、初めて僕は振り返った。


僕の目に入ったのは、真っ赤に染まった街。


遠くの方から聞こえる爆撃。


……まさか。


聞こえるのは叫び声と爆撃の音。


空を飛ぶ飛空挺からは、たくさんの爆弾が落とされる。


「スレキアが…攻めてきた?」


「おい!そこに誰かいるのか!」


はっとして振り向くと、スレキア軍の軍旗がはためいていた。


気が付くと、僕はまた走り出していた。


「待て!……くそっ、そいつを逃がすな!!」


何度も何度も木の枝が僕を傷つける。


でも、気にして等いられない。


殺される。死にたくない。僕はまだ、死にたくないんだ!


ふと僕の上を何かが過ぎていった。


あれは……アクレイム軍の飛空挺だ。


スレキア軍の飛空挺と張り合うように、僕の後ろにいたスレキア軍に爆弾を投下していくアクレイム軍の飛空挺。


爆破した衝撃で、僕の体は吹き飛ばされ、木に強く体をぶつける。


そこで僕の意識は、完全に途切れてしまった。

 

 

目を覚ますと、そこにはたくさんの死体しかなかった。


怖くなって街に帰ると、何もなかった。


僕の家も、学校も、ミラの家も、ミラ自身も……何もなかった。


「誰か…誰かいないかー!?」


あんなに怖くなって逃げたのに、僕はなんでまたこの街に帰ってきたんだろう。


考えてみたけど分からなくて、無意識に生きている人を捜し続けた。


街中を探しても誰もいなくて、見つけたのは死体だけ。


熊の人形を抱えて、子供は建物に潰されていた。


自分の子供を助けようとしていたのか、母親が子供の上に被さって動かない。


背中にはたくさんの銃痕ががあった。


下にいる子供からも、血が流れて止まらない。


みんな、死んだのか…。


「……アスム?」


「…シスターマリー?」


何となく学校の前に来て座り込んでいると、背後から声が聞こえた。


俺を学校に通わせてくれた人、シスターマリーだった。


「あぁ!あなただけでも生きていてくれたのね!」


誰もいないと思っていた所に、たった一人でも生きていてくれた。


それだけで、なんだか俺は救われた気がした。


でも、俺はまだ安心してはいけなかった。


俺を見つけて嬉しそうなシスターマリーの右手には、ナイフがきらめいていたから。


「…シスター、マリー?どういう、事ですか……?」


「アスムには悪いけど、この街の住人を誰一人生かすなって将軍に言われているのよ。だから、死んで?」


意味が分からなかった。


今までずっと母のように、姉のように思っていた人が、僕の知らない彼女になっていた。


「大丈夫。ミラにもすぐ会えるわ。だってミラは、私の手で殺したんだから。」


「ミラ…?あなたがミラを殺した?どうして…。」


「だって私は元々、スレキア王国の軍人だもの。あちらの国では女だって兵士になれるのよ。私の仕事は、街を一つ

ずつ潰していく事。外側から壊すより内側から壊した方が、なんでも簡単に壊せるものよ。今回のターゲットがこの街

、クライスだったわけ。」


シスターマリーが、軍人。


信じたくない、信じられない。


でも、それが事実。


「あのままこの街を逃げていれば、命だけは助けてあげたのに。」

 


「知ってたんですか…?」


「勿論よ。だからあなたの逃げた森に、スレキア軍の兵士がいたでしょう?」


そう言えば確かにそうだ。


スレキアはクライスの北西にある。


なら、その正反対のあの森にいるのはおかしいのだ。


この人は全てを知っていた。


僕が誰にも言わずに隠し続けていた作戦すら、彼女には見破られていたんだ。


「作戦自体はよかったわ。でも、詰めが甘いのよ!」


マリーが僕に襲いかかってくる。


怖い、怖い、怖い!


夢中で手と体を動かして、なんとか生きようとしていた。


そして…手に何か生暖かい物が流れた。


「な、んで。こんな子供なんかに…。」


気付いたら、僕はナイフを掴んでいるマリーの手ごと握り、それをマリーの胸に刺していた。


手に流れたのは、マリーの血だった。


静かに倒れて動かなくなる彼女を、僕は震えながら見ていた。


気付いたら僕は、また走り出していた。


もう何も見たくない。


もう誰にも会いたくない。


僕は……人を殺した自分が怖い!

 

 

目的地など無く、一心不乱に走り続けた。


それが、去年の夏だった。


そして今は、スレキアに全領土を奪われて降伏したアクレイム王国を捨て、僕は何もない大地に立っていた。


周りには瓦礫ばかりのこの場所で、僕はこのまま朽ちていく。


僕にはもう何もない。


家族も、友達も、愛する人も。


「せめて最後くらい、君と同じところで死にたいんだ。」


ずっと言いたくても言えなかった、彼女への気持ち。


こんな風にしか言えないけれど、きっと君の所にいるから。


それまで、待っていてくれ。

 

 

ねぇ、聞こえてる―――?

 

 

 

 

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