第二十三話
彼女は振り向いた。
楽しそうに。
でも、悲しそうに。
あの人がいれば、きっと彼女は啼いているだろう。
彼女の涙を止める壁を崩す者を、俺は奪ってしまったから。
きっと彼女は啼いている。
誰にも気付かれないように。
誰にも見られないように。
たった一人、ただひっそりと、心の中で。
そんな彼女を見るのが痛々しくて、俺は目をそらしたくなった。
「…何を、考えているんですか。」
「何も?目の前にいる敵の事以外、何も見ていないわ。」
嘘だ。
貴方は今、俺の向こうにいる人を見ている。
俺のせいで失った人を、真っ直ぐに見ている。
俺の事なんて、見えていない。
嘘だ…嘘だ…。
沙羅さんの…嘘つき。
「さぁ、始めましょうか。」
「……先生も、始めにそう言いましたよ。」
「!……………そう。」
そしてまた訪れた沈黙。
沈黙が痛くて、苦しくて、もう終わらせたいなどと考えた。
どうすればいい。
俺は生きる事を決めた。
でも、生きるためには先生の彼女、沙羅さんに倒されるわけにはいかない。
このゲームにドローなど許されない。
生きるか死ぬか、どちらかだ。
俺が死ぬべきか?
でもそれでは、先生との約束を破る事になる。
先生の意志すら、俺は無視する事になる。
じゃあ沙羅さんを倒すか?
俺はまた、優しい人を殺すのか?
先生も、凪も、すごくいいやつなのに…。
こんなゲームに参加させられたために、死んでいった。
じゃあどうする?
どうするんだよ、俺!
「貴方が何を考えてるかなんて知らない。知りたくもない。」
俺が静かに自問自答をしていると、沙羅さんが静かに口を開いた。
沈黙が、破れた。
「でもね、この事実だけは変わらない。貴方は天馬を殺した。私はあいつを殺した奴は許さない。この手で。」
そう言って沙羅さんは硬く拳を握った。
血が出そうなくらい、手が真っ赤になる。
「この手で……殺してやると!」
背筋が寒くなった。
沙羅さんは、本気で俺を殺すつもりだ。
死ねない。
死にたくない。
でも……!
「貴方にその気がないならそれでもいいわ。私が一方的に、貴方を……殺すだけだから。」
静かに、でも迷いなく沙羅さんは言った。
俺も知っている、あの武器を出す動作をする。
すると、沙羅さんの目の前に大きな鉄の扇が現れた。
「紹介するわ。私のもう一人のパートナー、『摺畳扇 』よ。」
その扇は1mくらいの長さがあり、鉄で出来ているため重さも相当な物だろう。
仕方がない、のか?
そう思い、小烏を出す。
やっとやる気になったのか、と沙羅さんは深いため息をついた。
まだ俺は迷ってる。
傷つけたくないと言う想いと、死にたくないという想いがぐらぐらと傾く。
どちらにも傾けない天秤。
決められない答え。
自分の命と、彼女の命。
どちらも大切で、なくしてはいけない物。
…俺は、どうするべきだろう。
先生……俺は…………。
先生には悪いけど、俺は……生きる事を選ぶよ―――。