第二十四話

 

 

 

 

 

俺と沙羅さんは静かに向き合っていた。

ここは、住宅街の中にぽつんとある空き地。

ゲームが始まれば、この空間にはシールドが張られ、外からは見えない。

…そう、先生が言っていた。

「…本当に、戦わなければならないんですか」

「愚問だわ。私は天馬の恋人で、あなたはあいつの敵。あいつの敵は、私しかとる人物などいない」

「でも…、俺はできれば…貴方とは戦いたくない」

「甘いのね…。じゃあ、どうして天馬を殺したのよ!!あいつは…あいつは優しい奴だったのに!!」

「そんな事!!………そんな事、知ってます」

そう言う俺に向かって辛そうな表情をする沙羅さん。

あんな顔をさせているのは、俺のせい。

俺が、先生を………。

「知ってるのなら…、どうして殺せるのよ。どうしてそんなっ」

「俺は…死にたくなかった。殺したくだってなかった。ずっと…ずっと迷ってたんだ。そんな俺を、先生は…」

「なに、よ。天馬が悪いって言いたいの!?」

「違う!!俺と先生は、本当に…こうするしかなかったんです」

「……ゲームという義務に逃げる気?」

「そうじゃない…。先生は多分、俺を…生かすためにあんな事を……」

多分、最初に俺の対戦相手になったのは…先生の意志。

もし、俺が最初に戦うのが先生じゃない人だったら、俺は動揺して錯乱したまま戦っていただろう。

先生だったからこそ、冷静になれた。

そのあとの凪との戦いだって、冷静でいられた。

一度戦っているのだから、未経験よりは冷静になる。

先生は……それを予想していたんじゃないか?

いつのまにか、俺はそう思うようになっていた。

先生は、俺を錯乱して戦わせないために……。

俺が冷静に…戦えるように。

あんな風にわざと俺を焚きつけて、戦ったんじゃないんだろうか。

「……そうだったとしても……私は貴方を許さない」

少しの沈黙の後、沙羅さんは静かに言った。

「たとえ天馬が貴方を許しても、私は貴方を許さない!」

そう言って飛び込んでくる。

ギィィィィン

上から来た閉じたままの大きな扇を、瞬時に小烏を出して受け止める。

今まで受けて来たどんな攻撃より……重い。

武器の重さと、沙羅さんの思いの重さ。

俺には、これを受け止める義務がある。

でも、死ぬわけにはいかない。

それが、先生との約束だから。

歯を食いしばって、足に力を入れる。

沙羅さんの攻撃の重さが一瞬和らいだ瞬間、押し返した。

「何があろうと、貴方は私の………敵」

沙羅さんはそう呟いて、扇を広げた。

開いた瞬間、何かの圧力がかかる。

別に凪の武器であったネクロノミコンのように、特殊な力があるわけじゃない。

ただ、それに圧倒された。

そして、それを扱う沙羅さんにも……。

沙羅さんの眼は、写真で見たあの優しい面影など感じさせないくらいに鋭い物だった。

それは全て、恋人の敵である俺だけへの物。

「私の全てを賭けて、貴方を殺すわ」

俺はどうしてこの人の前に来たのだろう。

言い訳が言いたかったのか?

懺悔をして許して欲しかったのか?

許して貰えるわけないのに……。

ただ俺は……。

先生の言葉を、彼女に伝えたかった。

先生の最後の願いを…、思いを、彼女に伝えてあげたかった。

俺は確かに伝えた。

彼女もそれを分かってくれた。

でも、それで俺の罪が許されるなんて、俺は思っていたのか?

こうなる事は、分かっていたじゃないか。

どうしてこんなに手が震えるんだよ。

足が震えるんだよ!!

生きるって決めたんだろ!?

じゃあ戦えよ!

戦って戦って、生き残れよ!!

生き残ると言う事は、たくさんの人を殺す事って理解していたはずだろう!?

……そう、俺は理解していた。

でも、それは頭の中でのみ。

身体は全然、それを受け入れてなどいなかった。

殺したくなんてない。

でも生きたい。

そんな矛盾、今の現状を考えて言えよ!!

……バカだな、俺。

俺はただの…偽善者だ。

生きるために殺すって、決めたばかりじゃないか。

なのに、殺したくないなんて弱い事言って……自分で自分の首締めてどうすんだよ。

………戦え。

……戦え、…戦え、戦え!

俺は生きる。

生きなければならない。

それは先生や凪との約束だから…。

「…沙羅さん、俺は…貴方の怒りを。恨みを受けるつもりでした」

「? 何よ、突然」

「でもそれは、先生や、俺のせいで死んだやつの望みとは反対の事だから…」

そう言って俺は小烏を起こす。

剣先を沙羅さんの胸元に向けて、静かに言う。

「俺は貴方に殺されるわけにはいかない。だから、俺は貴方を……倒します」

俺の中から、恐れが消えた。

俺は二度と弱音は吐くつもりはない。

二度と……。

俺は今から心を封じて鬼になる。

恐れや哀しみなど…捨ててしまえばいい。

俺は、人を殺す事を恐れない。

そう自分に誓い、俺は沙羅さんと向き合った――――。

 

 

前へ         次へ