第二十五話

 

 

 

 

静かに見つめ合う俺と沙羅さん。

別に甘い雰囲気を出してるわけじゃない。

それとは正反対の張りつめた空気。

本当なら味わいたくもない空間。

強烈な、負の感情。

「やっと戦う覚悟が出来たの?」

「…えぇ。嫌だけど、やらなければならないから…」

「貴方…私の嫌いなタイプね」

「それは残念です……ね!」

前に踏み込み、沙羅さんの懐に入ろうとする。

それに気付かない沙羅さんではない。

瞬時に右に移動し、攻撃態勢に入る。

やっぱりこの人、強いな。

そう思いながらも、向きを変え、体勢を立て直す。

上から来る沙羅さんの鉄線を、また小烏で受け止める。

さっきより少し、軽く感じる?

いや、それは気のせいだろう。

気のせいと言うより、気持ちの問題、だろうか?

俺は決めたから…。

「なんで…」

「え?」

「なんで貴方なのよ」

何度か武器同士を打ち合っていると、小さな声で沙羅さんが呟いた。

「なんで貴方みたいな人に、あいつが殺されたのよ!!」

気付けば沙羅さんの頬には、一筋の涙が流れていた。

「なんで……なんでっ!!」

沙羅さんの、心からの叫びだった。

苦しそうで、辛そうで、例え俺が何を言っても救う事なんてできない。

ましてや、俺なんかに救えるはずがない。

「あんたなんか、あんたなんか……」

沙羅さんの瞳には、ぽろぽろと涙が溢れ続けている。

俺の心が、ちくりと痛む。

いや……ちくり、なんて可愛いものじゃない。

まるで刃物で思い切り刺されたかのように……痛い。

痛くて痛くて、たまらない。

「あんたなんか、死んじゃえばいいのよ!!!」

沙羅さんの鉄扇が俺の左肩に思い切り入る。

腕がだらりとなって、動かない。

もしかして…折れたかもしれない。

痛みも本物。

これが…ゲーム?

痛みを感じるゲームなんて、こんなの……ゲームじゃない。

「なんであんたが死ななかったのよ!」

小烏でガードしても、ガードしていない部分を鉄扇で打たれる。

力の限り、休む暇なく。

「あんたが死ねばよかった。あんたが死んじゃえばよかったのに!!」

何度も何度も、俺を打ち付ける。

右から、左から、上から、下から。

後ろに避ける事も考えた。

でも多分、それは意味のない事。

後ろに逃げたって、きっと沙羅さんは同じだけ詰め寄ってくる。

それならこのまま下がって逃げ場を失うより、このまま耐えれるまで耐えて、隙をついた方が効果的だ。

俺は…このまま彼女の辛さを受けてもいい。

でもそれは、俺の意に反してる。

だから俺は隙を探す。

ただじっと、待ち続ける。

目の前には息を乱し、流れるはずの涙も尽きてしまった沙羅さんが、一心不乱に鉄扇を振り回している光景。

自分の死を願われる事が、これほどきついとは思わなかった。

「なんであんたが生きてんのよ! なんで…なんで!!」

ごめんなさい、ごめんなさい。

俺は心の中で呟く。

どんなに俺が望まずにやってしまった事であっても、結果は変わらない。

俺が…先生を殺したという事実は…。

今まで以上に大きく振りかぶる沙羅さん。

…今しかない。

峰に返し、柄近くで沙羅さんの腹部を思い切り殴る。

「ぐっ…」

腹部を押さえながら、沙羅さんがしゃがみ込む。

その間に沙羅さんの後ろにまわり、小烏を沙羅さんに突きつける。

「あなたの…負けです」

俺が静かにそう言うと、沙羅さんはゆっくりと振り返る。

その顔にはもう、さっきまでの感情的な表情はなかった。

「君、名月君……だっけ?」

「えぇ、名月 和です」

「何故、殺さないの?」

「………出来る事なら殺したくないから」

「甘いのね。ホントに…甘過ぎ」

そう言ってクスリと笑う。

「貴方はこのゲームの事、どう思う?」

「…どういう事ですか?」

「この馬鹿げたゲームをどう思うかって聞いてるの」

「……無意味な殺し合いをさせて何が楽しいのか、俺には分かりません」

「無意味、ね。だけど無意味じゃないと思っている人物もいる」

「それは?」

「………ハヤト」

何故か懐かしい気がした。

俺の友人にそんな名前の奴なんていない。

…誰だ?

沙羅さんの話は続いた。

十人の管理者。

それはア・カ・サ・タ・ナ・ハ・マ・ヤ・ラ・ワを頭文字とした名前を持つ人物達。

アキノ、カエデ、サライ、タカミ、ナズナ、ハヤト、マコト、ヤスイ、ライキ、ワオンの十人。

そのうちの二人が反乱を起こし、今ではその二人にV・F・Gを支配されている。

勿論他のメンバーも抵抗しなかったわけではない。

しかし、『ハヤト』という人物の才能には勝てず、現在に至る。

「管理者の『マコト』っていうのが私の兄。兄本人から聞いた話だから、ガセネタじゃないわ」

「俺に…どうしろと?」

「………このゲームがおかしいって、ちょっとハヤトってやつとっちめてくれない? アイツが死んだのも、ほぼそいつ
のせいだし。私のささやかな復讐、付き合ってくれるでしょ?」

「…俺に、探せって言っているんですか? じゃあマコトって人の連絡先を…」

「それは嫌。これはゲームよ? 管理者探しもゲーム感覚でがんばんなさい」

そう言ってにっと笑う沙羅さん。

その笑い方は、先生にそっくりで……。

自然と小烏を持つ手が下がっていく。

ゆっくりとした動作で、沙羅さんは小烏の剣先を自分の心臓へ持っていく。

なんだろう? と、俺は沙羅さんの行動を見守った。

その時に気付いていればよかったんだ…。

ズッ………

小烏の刀身に、真っ赤な液体が伝ってくる。

気付けば沙羅さんの胸を、俺の手にある小烏が……貫いていた。


「あ、う、うわぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」

 


血の雫が、静かに足下に落ちた―――――。

 

 

 

 

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