第二十六話

 

 

血の雫が俺の靴にシミを残す。


絶対忘れるな。


そう言っているかのような刻印を刻む。


「沙羅さん…なんで、こんな……」


俺は、沙羅さんの胸に刺さった小烏を、抜くか否か迷った。


抜けば血が溢れ、止まらなくなるだろう。


今この小烏は、沙羅さんの血の栓になっているのだから。


でも、このままにしておきたくはなかった。


俺のこの手に、沙羅さんを刺した感触が残っているから。


そして、小烏を伝って流れてくる血に、俺はもう耐えられなか
った。


ズルッ


ゆっくりと、小烏を引く。


途端にドボッと血があふれ出す。


わき水のように、それは溢れてくる。


「うっ……」


俺が小烏を引き抜いていると、沙羅さんが小さく呻いた。


例えこれがゲームでも、痛みは本物。


それはさっき、俺が実際に体験したじゃないか。


こうして動かない左腕が証明してくれている。


カラン


乾いた音を立てて、小烏が俺の手から転がり落ちる。


…これはゲームだ。


でも、ゲームじゃない。


本当の命を賭けた、デス・ゲームだ。


「沙羅…さん……」


自然に涙がこぼれた。


俺、こんなに涙もろい方だったっけ。


ふとそんな事を考えた。


弱々しく差し伸べられる沙羅さんの手を、俺はしっかりと握った。


そうしなければならない気がしたから…。


「……馬鹿ね。ど…して、あなたが…泣くの…よ」


「…分かりません。勝手に…流れるんです…」


俺はさらに強く握った。


本当なら結構痛いはずなのに、沙羅さんは何も言わない。


痛みすら感じなくなったのか?


…違う。


この人は、俺を傷つけないようにしている気がする。


一言でも「痛い」って言ったら、俺が…壊れるって思っている。


そんな気がするんだ。


実際、今の俺はもうギリギリだった。


彼女がまだ生きて目の前にいる。


それだけが俺の精神を安定させていた。


「今…救急車呼びますからっ」


そう言ってカバンに入った携帯に手を伸ばそうとする。


でも、それを弱々しい手で止められる。


「ごめん…ね」


消えてしまいそうな声で、沙羅さんはそう言った。


「さっき言った事…嘘、だから。君が、死ななくて…よかったと…思ってる…から」


「っ……」


「天馬もきっと…そうだったんだ」


「……先生が?」


「君みたいな、優しい子は…生きなくちゃ。生きて…生きて…みんなに、伝えなくちゃ」


「沙羅さん…何を?」


「こんなゲーム…間違ってる。みんなが、やめれば…もう誰も…傷つかない、から」


血が少なくなって、沙羅さんの顔はもう青白い。


話すのだって辛いはずなのに、彼女は…話し続ける。


俺には止める事だって出来たのに、出来なかった。


それは彼女が、笑ったから…。


「みんなを…止めて。君ならきっと…できるよ」


そう言って、笑ったから。


「頑張れ、男の子」


そう言うと、今まで微かにだが力が込もっていた手が、だらんとする。


重力に逆らうことなく、墜ちる。


「ごめん…心配させて。もう………大丈…夫…………………天馬」


俺の聞いた彼女の言葉は、それが最後だった。


彼女はもう二度と瞳を開いてはくれない。


語りかけてはくれない。


俺のせいで、彼女は全てを失った。


愛する人の命も、自分の命さえも……。


『頑張れよ、男の子』


そう言ってる沙羅さんと先生の声が、とても遠いところから聞こえたような。


そんな気が、少しだけした―――――。

 

 

〜柳 沙羅    死去ゲームオーバー

 

 

 

 

 

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