第二十九話
小さな笑い声と共に現れたのは、同じ制服を着た眼鏡の男。
目の前にいる陶木の目が、その怒りを隠しもせずに表している。
こいつが、山蛇という男なのだろう。
手には大きな弓を持ったまま、嫌な顔で笑い続けている。
「裏切ったとは心外だな。君とはただ単に、一時的に手を組んだに過ぎないよ?」
「…俺が引きつけている間に、お前がコイツを攻撃する。弱った所に俺がトドメを刺す。そういう約束だっただろうが」
「そうだったかな? 僕は不要な事は覚えない主義なんだ」
そう言ってまた笑う。
とてもわかりやすい。
コイツは、俺の一番嫌いなタイプだ。
人を利用して、自分だけ甘い蜜を吸う。
最低人間だ。
「どちらにしても、君はもうすぐこの男にやられていたよ?」
「っ!? まだわかんねぇだろうが!!」
「…手加減していたのに?」
バッと、此方を向く陶木。
その目が、聞いている。
山蛇が言った事が、本当なのかどうか…と。
確かに俺は、まだ本気を出してはいない。
本気ではなくても勝てる相手と思っていたから。
沈黙を肯定として返す。
その事実に、陶木が顔を歪める。
「てめぇ……」
「成績優秀。スポーツ万能。眉目秀麗。中学までの君だ。高校に入ってから顔以外目立たなかったみたいだけど」
「……なんで」
「何で知っているかって? 僕は君と同じ中学に通っていたからね。君の事は何でも知っているよ?」
……迂闊だった。
自分の事など知る者がいないと思っていたからこそ選んだこの学校。
その中に、自分と同じ中学に通っていた者がいたなんて…。
「剣道日本一にまでなった君が、どうしてそんなくだらない事をしているかは知らないけど…」
そう言いながら、弓の弦を引く。
どこからか現れた矢が、つがえられている。
あれを離せば、間違いなく俺に飛んでくるだろう。
右手にある小烏をぎゅっと握りしめて、いつそれが飛んできてもいいように警戒する。
「僕はずっと前から君が嫌いでね…」
すでに、陶木など目に入ってはいない。
山蛇は、俺しか見えていない。
「こうして自分の手で君を殺せるなんて、僕はなんて幸せなんだろうね」
ニヤリ、と笑った瞬間に、矢が放たれる。
飛んできた矢を小烏で斬り落とす。
「山蛇! てめぇ!!」
「弱いくせに……邪魔しないでくれ」
突然山蛇に向けて襲いかかる陶木。
それに冷静に矢をつがえて放つ山蛇。
その矢は、綺麗に、陶木の心臓を貫いた……。
俺は初めて、人が人を殺す瞬間を見たのだった。
「ぅあ………あ………!!」
突き刺さった胸を押さえながら、静かに倒れていく陶木。
俺はそれを、じっと見ていた。
どうでもいい。
誰が死のうが、誰が殺そうが、そんな事はどうでもいいんだ。
もう……何もかも………
「全く、僕たちの邪魔をするからだ。大して役にも立たなかったくせに」
そう言って、動かなくなった陶木の身体を蹴飛ばす。
反応はない。
生きているなら、あの反抗的な目で見上げたはずだ。
傷つけた原因を。
「さて、邪魔が入ってしまいましたが…。再開といきましょうか、名月 和君?」
緩く吹いた風は、肌にあたって冷たかった―――――。