第三十話

 

 

動かなくなった陶木をそのままに、俺は目の前の敵と向かい合っていた。


人間として最低な、人を利用するだけ利用して切り捨てるような奴。


俺と同じ中学に通っていたらしい、一つ年上の山蛇。


そいつが今、目の前で弓を構えたまま歪んだ笑いを浮かべている。


俺は強く小烏を握りしめ、ただじっと相手を見据える。


「そちらが来ないなら、こちらから行きますよ!!」


そう言うと、距離をとって弓を引く。


あちらは遠距離型の武器で、こちらは近距離型。


俺が勝つには、アイツの懐に潜り込んで叩くしかない。


距離をとられればこちらが不利だ。


予想通り、すぐに飛んでくる矢。


それを小烏で切り落としたり除けたりしながら前へ進む。


しかし、俺の行動を先読みしているかのように、一つ射ったらまた距離を取り、さらにまた引く。


「この距離を保っている限り、有利なのはこの僕だ!!」


高らかに笑いながら、短い間隔で矢を射る山蛇。


確かに、このままでは俺は体力を削られて、最終的にはやられる。


俺はこの状況を覆さなければ、コイツには勝てない。


どうする!?


頭の中でいくつかの作戦を立てるが、どれも結果は期待できない。


もっと確率の高い作戦を考えれば考えるほど、突飛すぎて実行する事すら不可能なものが出てくる。


……こんな事ではダメだ!!


俺はここで負けるわけにはいかない。


先生や、凪や、沙羅さんの命を奪って生きながらえてきたこの命。


俺の命には、あの三人全ての重みがのしかかっているんだ。


死ぬわけには……いかない!!


気付けば俺は、小烏を投げていた。


柄についている鎖を握りしめたまま、俺は投げ飛ばしていた。


鎖は切れることなく、小烏を止める事もなく、伸び続けた。


そして、まっすぐ、まっすぐ、山蛇へと向かっていく。


「なっ!?」


油断していた山蛇は、突然には動けなかった。


この距離という有利にあぐらを掻いていたから。


俺の突然の予想外の攻撃に対処しきれていない。


俺は鎖を掴んだまま、小烏を追う。


例えあの攻撃が当たったとしても、それは致命傷にはならない。


……俺のこの手でしか、決着を付ける事は出来ないのだ。


「くっ…」


弓を持つ右肩に小烏が命中する。


山蛇の血が小烏にねっとりとまとわりつく。


だけど、これで終わらせる事など出来ない。


決着が付いたと後ろを向けば、山蛇は間違いなく俺を射るだろう。


小烏の鎖を握りしめたまま、俺は歩き出した。


勿論、こちらは今武器を持っていない状態だ。


注意は怠らないよう、山蛇のちょっとした動作にも反応できるように集中した。


それでも弓を引こうとする山蛇。


もう、無駄だというのに……。


「僕が、この僕が負けるはずは無いんだ……。お前なんかに!!」


集中力を失った山蛇の矢は、俺に当たることなく通過していく。


俺は歩む足を緩めることなく、山蛇の元へと向かった。


徐々に、徐々に近づく距離。


その度に射られる矢と、当たらない矢。


もう、どちらが勝者かなど、目に見えていた。


十分近づき、山蛇の肩に刺さっている小烏の柄を握る。


少しでも引き抜けば、どろりと赤い血が流れ出し、止まらなくなるだろう。


俺は一言、ぽつりと呟いた。


「チェックメイトだ、山蛇」


先輩などと、敬意を払うつもりはない。


なぜなら、こいつは目の前で最悪な自分を見せつけてくれたのだから。

 


だけど俺は油断していた。


もう、これ以上こいつには攻撃手段がないなんて、甘い考えを持っていたから―――――。

 

 

 

 

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