第三十話

 

「……だだ」


「……?」


「まだだ!!」


そう言いながら、獣のような目をぎらつかせ、山蛇は弓を振った。


弓は俺の顔の耳に思い切り当たり、思わずふらつく。


その間に小烏を抜き、山蛇は距離を取った。


「僕は誰よりも優れているんだ! 僕より上の者など……存在するはずがない!!」


痛みを堪えながら弓を引く山蛇。


急いで小烏を拾い、一気に距離を詰める。


そして……、山蛇の矢は放たれることなく消えていった。


目の前には、血だらけの山蛇の体。


それには、あるはずのパーツが、完全になくなっていた。


足、手、体はある。


なのに、首から上だけは……斬り落とされていた。


自分でも何をしたのか分からなかった。


ただ、顔に飛び散った血が、不愉快で仕方なかった。


ゴロリと転がり落ちた頭を見ると、辛そうに歪められた顔が見えた。


その首が、瞬きをした。


生きているのかと思ったが、そうではないらしい。


筋肉が痙攣して、そう見えただけみたいだった。


もうこいつは、死んでるんだ。


俺の手で……死んだんだ。


俺はもう泣かなかった。


別にこいつが嫌な奴だったからという訳じゃない。


こいつの命を、背負わないというわけでもない。


俺はまた一人の命を奪ったんだ。


それは事実。


だけど、今は自分を責めている場合ではないから……。


早くこの馬鹿げたゲームを終わらせて、その後……泣けばいい。


今は泣いている場合ではない、立ち向かう時だから。


血まみれになった小烏と自分を見て、少しだけ笑う。


狂気に目覚めたわけではなく、またやってしまったんだな、と。


もう一度、動かなくなった陶木と山蛇の頭と体を見て、俺は踵を返した。


今度あんた達を思い出す時は、全てが終わった時だ。


その時には、何度でも謝るから。


俺を呪ってくれても構わないから。


だから、今だけは……許してくれよ。

 

 

 

 

 

フィールドを出た後は、持っていた小烏も、服に付いていた血も綺麗になくなった。


俺は心を捨てた。


だから、涙なんかでない。


……でも、胸の奥がザワザワする。


気付いた時には、駅前のゲームセンターにいた。


別に欲しくもない物をUFOキャッチャーで取ってみたり、やった事もない音楽ゲームや格闘ゲームに没頭した。


店の隅にある、あのゲームには近づこうとすらしなかった。


しばらくしてから、あの騒々しさに耐えられなくなり、店を出た。

今日は休日。


誰とも会う約束もしていない。


参加者に会うから、あまりフラフラはしたくはなかったのだけど……仕方ない。


特に何も考えず、ただフラフラ歩き始める。


「えっと、うーん……」


少し歩いた先に、着物を着た男性がうろうろと行ったり来たりしていた。


なんだろうと見ていると、ふと目があった。


するとその人はニコッと笑って、こちらに歩きだす。


……まさか、ここまで来るつもりか?


そして、ようやく気付く。


その男性の頭の上に、最近よく見る物がある事に。


あぁ、またか。


俺はそうとしか思わなかった。


「こんにちは。そしてはじめまして、ナツキ君」


目の前に立った、笑みを浮かべる『コウ』という男性を、俺はなんの感情のない目で見つめていた。

 


また、意味のないゲームが始まるんだと……その時は、そう思っていた―――――。

 

 

 

 

 

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