第三十二話

 

無表情の俺と、満面の笑みを浮かべる『コウ』。


その正反対な二人が、人が行き交う街道で立ち尽くしていた。


片方はいつでも戦闘態勢に入れるように警戒し、もう一人はそのカケラも見せない。


俺はどうすればいいのか考えていた。


油断させるためにこんな態度をしているのか、それとも本当に戦闘する意志がないのか。


もし俺が戦闘態勢解除した途端、あちらが戦闘態勢に入れば、俺は間違いなく殺られる。


それを防ぐには、こうやってずっと戦闘態勢を解かない事……なのだが。


こんなにも戦う気のない相手に敵意を見せるのはどうなのかと、俺は思い始めていた。


「はじめまして、ナツキ君」


にこやかに挨拶してくるコウ。


……山蛇とはまるで違う、敵意のカケラさえない笑顔だった。


「同じゲーム参加者のよしみで、お願いしたい事があるんだけど……いいかな?」


「……は?」


気が抜けた。


あまりにも予想外の言葉だった。

戦おうでもなく、見逃してくれでもなく、ただ……頼み事があると。


……この人は一体何を考えているのだろうか。


いや、頼み事だろうけど。


「実はね……」


例えどんな頼み事でも、警戒を解かないようにしなければ。


そう思い、俺は再び構え直す。


「駅までの道を教えて欲しいんだ」


ずるぅっ


突然の事に、体が対応できなかった。


今、この人はなんて言った?


俺もこの人も、あのゲームの参加者。


それは間違いない。


なのにこの人はといえば……駅までの道を尋ねただけ?


それでいいのか、アンタは。


「あ、もしかして外から来た人だったかな?」


「……いや、この街の人間だけど」


「それはよかった! 実は駅までの道が分からなくて困っていたんだよ」


苦笑しながらそう言うと、手に持っていた紙を俺に見せた。


そこには、駅からどこかへの道順が書かれていた。

……まさか、この人は。


「もしかして、別の目的地でもあるんですか?」


「あぁ、その通りだよ。よく分かったねぇ」


このメモを見れば誰でも分かる。


しかし、どうしてこの人はその目的地ではなく、駅までの道を聞くのだろうか。


それなら、その目的地を聞いた方が早いというのに……。


「えっと、どうして駅なんですか? この位置なら、直接向かった方が早いと思うんですが」


もしかして、バスに乗っていくとか?


タクシーかもしれない。


でも、メモを見た限りではどう見ても徒歩での道だ。


……どういう事なのだろう。


「駅からなら、私一人でも帰れると思うんだ。ちゃんとここに地図があるしね」


笑ってそう言った後、何故か困った顔になる。


「しかし、おかしいんだ。さっき、駅から一人で向かっていたはずなのに、気付いたらこんな所にいたんだ」


……ちなみに、ここは地図に書いてある目的地と対称の位置。


「けど、きっと次は大丈夫! 私だっていい大人なのだから、きちんと一人で家に帰れるようにならないとね」


って、目的地って家だったのかよ。


こんなすぐの距離で迷ってる人が、一人で目的地まで帰るなんて絶対無理だろ。


気付けば、俺は警戒を解いてしまっていた。


気が抜けた、とでも言えばいいのだろうか。


それとも、この人は安全だと、俺の中の誰かが教えてくれたのだと言うべきなのだろうか。


「……そのメモさえ見せて貰えば、俺が案内しますけど?」


「いいのかい!?」


「はぁ……」


一人で放っておいたら、本当にどこに行くか分からない。


そう思い、気付けばそんな事を申し出ていた。


「私は法院 皇。君も知っていると思うけど、R・Gの参加者のコウです」


「……ナツキ。名月……和、です」

 


こうして、俺は初めて、戦わないゲーム参加者に出逢ったのだった―――――。

 


また、意味のないゲームが始まるんだと……その時は、そう思っていた―――――。te> 

 

 

 

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