どう見ても、普通のビル街。渋谷辺りにでも行けば、同じ風景を見ることができそうだ。
でも、現実ならいるはずの人がいない。
車はあってもすべて止まっていて、運転手らしい人物はいない。
ウィンドウが並ぶ道を歩いて、今の自分の姿を見る。
柊平が説明の時、オススメしたキャラとは正反対のキャラクターを選んだ。
現実の自分によく似ている、強そうには見えない男子高校生。
紺色のブレザーに、白いカッターと緑のネクタイ。
ズボンは黒色で、髪と瞳はこげ茶色。
少し耳にかかったくらいの髪の長さ。
そして、俺によく似た顔立ち。
このゲームを作った人物は、俺のことを知っている人なのだろうか。
そう思うほど、俺にそっくりだ。
少し、気味が悪かった。
「いよう。名前がないのか…お前新人か?」
突然、後ろから声をかけられた。この世界には人はいないはずだ、ゲームプレイ者以外は…。
敵だ、と、俺は身構えた。
ゆっくり振り向いてみると、路上の段差に座っている人物が一人。
柊平が勧めたキャラクターの一つだ。
筋肉質で、いかにも強そうな印象を受ける。
…率直な感想が「ムキムキ」だ。
ムキムキの頭の上に、何か文字が浮かんでいる気がするが、気のせいだろう……。
「おい、聞いているのか?…っとと…。」
急に立ち上がったためか、ムキムキはよろめいた。その体格のためだろう。
瞬発力が極端に低そうだ。
「俺は今日、ダチに無理矢理やらされたんだ。だから何も分からないんだけど……。」
「名前がないってことは今来たばっかりのようだな。CN[キャラクターネーム]の入力方法、分かるか?」
なんだ、こいつ。ただの親切心で俺に近づいたのか。
それとも、何かたくらんでやがるのか。
…だめだ、さっぱり分からない。
とりあえず、利用できるものは利用して、さっさとゲームオーバーになるか。
「いや、分からない。教えてもらえないか?」
「いいぜ。胸の高さに手を持っていって、一度だけ手を叩けばいい。そしたらキーボードが出てきてそれで入力し、エンターキーを押せば完了だ。」
「へぇ……。」?
とりあえず、あれこれ考えるのも面倒だ。やってみよう。
手を胸の高さに挙げ、一度だけ手を叩く…。ぱんっと叩いた音が響くと同時に、目の前に半透明のキーボードが現れた。
台も何もないのに、ピタッと俺の手の位置で止まっている。
俺が手の高さを変えると、キーボードの高さも変わる。
…便利だ、と思った。
CN…か…。少し迷ったあと、一つの名前を打ち込んだ。
そして、エンターキーを押した。
「ほぉ、性別が分かりにくいCNだな。でも、俺は結構好きな感じの名前だ…。」
「そりゃど〜も。」
俺がこれから名乗る名前。今まで名乗ってきた名前…。
俺のCNは…。
―――『ナツキ』―――