白い壁に、深い紺色の屋根。
手入れされた庭。
これが名月家、俺の家だ。
迷うことなく門を開け、ドアに手をかける。
「母さん、ただいま。」
「おかえり、和。メールちゃんと見た?」
リビングのほうから母さんの声が聞こえる。それに、おいしそうなにおいもする。
夕食を作っているのだろう。
俺と母さん、二人だけの夕食を。
「あぁ、見たよ。連絡しなくてごめん。柊平達にもちゃんと礼言っといたから心配しなくていいよ。」
そう言いながらテーブルに鞄を置き、冷蔵庫を開ける。普段と違うことをして嫌な汗をかいたのだろうか。
妙に喉が渇いている。
冷蔵庫にはよく冷えた麦茶が入っていた。
食器棚からコップを取り出し、ゆっくりと注いでいく。
こぼれないように…と。
「それにしても、あなたが学校帰りに遊びに行くなんて初めてじゃない。一体何して遊んできたの?」
そういえば、俺は小さい頃から寄り道をせずに帰宅するような子供だった。母親をたった一人にさせるのが嫌だったのだ。
「んと、『V・F・G』だよ。最近流行ってるらしくて、柊平達に引きずられて行ったんだ。」
『V・F・G』。その言葉を聞いて、母さんの表情が強張った。
俺と同じように流行に疎い母さんでも知っているゲーム。
だけど、この表情はびっくりしているというものではない。
おびえているのだ。
「…母さん?」
「和…そのゲームは二度とやらないで。お願い……。」
いくら聞いても、その理由を母さんは答えてくれなかった。母さんは何か知っているんだ。
そして二度とゲームをやらないで欲しいと言うことは、俺とあのゲームにつながりがあるからなのだろう。
それっきり、母さんは一言もゲームについて話さなかった。
二階の自室に戻った俺はぼーっと天井を睨んでいた。
別にお気に入りのポスターがあるわけでもない。
ただ真っ白のすこしでこぼこした天井を睨んでいた。
今日はいろいろありすぎた。
柊平達に勧められたゲーム。
その中で人を殺したこと。
母さんの言葉。
いろいろ考え込んでしまったら、頭がごちゃごちゃになりそうだ。
特に、たとえゲームの中でも人を殺したこと。
あの感触、あのにおい、あの暖かさ。
すべてが本物のようだった。
思い出しただけでも気持ちが悪くなりそうだった。
「あんなゲームを楽しめる奴ら、おかしいんじゃないか?」
これが俺の素直な感想だった。だってそうじゃないか。
今まで普通に暮らしてた人たちが、人を殺すゲームに何人も何人も引き込まれていく。
世界中がこのゲームに浸かってしまったら…。
きっと世界は終わるだろうな、とふと考えていた。
そんなことをぼーっと考えているうちに、俺は静かに眠りについた。
「いってきまーす!」
いつものように家を出る。昨日何もなかったかのように母さんは笑って送り出してくれた。
そんな顔をされたら、こちらもいつも通りに振る舞うしかないな、と無理矢理笑った。
朝、ふと目が覚めて「あぁ、いつの間にか眠っていたのか」と自覚するまで1分もかかってしまった。頭がぼーっとしている。
疲れているのだろうか。
きっと昨日あんな事があったから少し混乱していたのだろう。
自覚してからはテキパキと動けた。
これなら学校でも問題なく振る舞えるだろう。
いつものように、俺は学校に向けて自転車をこぎ続けた。
いつもの学校。
いつもの教室。
いつもの学友達。
すべてがいつも通り。
だけどなぜだろう。
少し雰囲気が違う気がした。
「おはよー、諸君。今日も元気かねー?」
教壇に立って笑いながら久遠先生が言う。久遠 天馬。
俺たちのクラスの担任の先生だ。
いつも通りに出席をとる先生を眺める。
すると、頭の上辺りに、何かが浮いているのが見えた。
それは「テン」とかすれた文字で書かれていた―――。