第九話

 


白い壁に、深い紺色の屋根。

手入れされた庭。

これが名月家、俺の家だ。

迷うことなく門を開け、ドアに手をかける。


「母さん、ただいま。」


「おかえり、和。メールちゃんと見た?」


リビングのほうから母さんの声が聞こえる。

それに、おいしそうなにおいもする。

夕食を作っているのだろう。

俺と母さん、二人だけの夕食を。


「あぁ、見たよ。連絡しなくてごめん。柊平達にもちゃんと礼言っといたから心配しなくていいよ。」


そう言いながらテーブルに鞄を置き、冷蔵庫を開ける。

普段と違うことをして嫌な汗をかいたのだろうか。

妙に喉が渇いている。

冷蔵庫にはよく冷えた麦茶が入っていた。

食器棚からコップを取り出し、ゆっくりと注いでいく。

こぼれないように…と。


「それにしても、あなたが学校帰りに遊びに行くなんて初めてじゃない。一体何して遊んできたの?」


そういえば、俺は小さい頃から寄り道をせずに帰宅するような子供だった。

母親をたった一人にさせるのが嫌だったのだ。


「んと、『V・F・G』だよ。最近流行ってるらしくて、柊平達に引きずられて行ったんだ。」


『V・F・G』。

その言葉を聞いて、母さんの表情が強張った。

俺と同じように流行に疎い母さんでも知っているゲーム。

だけど、この表情はびっくりしているというものではない。

おびえているのだ。


「…母さん?」


「和…そのゲームは二度とやらないで。お願い……。」


いくら聞いても、その理由を母さんは答えてくれなかった。

母さんは何か知っているんだ。

そして二度とゲームをやらないで欲しいと言うことは、俺とあのゲームにつながりがあるからなのだろう。

それっきり、母さんは一言もゲームについて話さなかった。


二階の自室に戻った俺はぼーっと天井を睨んでいた。

別にお気に入りのポスターがあるわけでもない。

ただ真っ白のすこしでこぼこした天井を睨んでいた。

今日はいろいろありすぎた。

柊平達に勧められたゲーム。

その中で人を殺したこと。

母さんの言葉。

いろいろ考え込んでしまったら、頭がごちゃごちゃになりそうだ。

特に、たとえゲームの中でも人を殺したこと。

あの感触、あのにおい、あの暖かさ。

すべてが本物のようだった。

思い出しただけでも気持ちが悪くなりそうだった。


「あんなゲームを楽しめる奴ら、おかしいんじゃないか?」


これが俺の素直な感想だった。

だってそうじゃないか。

今まで普通に暮らしてた人たちが、人を殺すゲームに何人も何人も引き込まれていく。

世界中がこのゲームに浸かってしまったら…。

きっと世界は終わるだろうな、とふと考えていた。


そんなことをぼーっと考えているうちに、俺は静かに眠りについた。

 

 

「いってきまーす!」


いつものように家を出る。

昨日何もなかったかのように母さんは笑って送り出してくれた。

そんな顔をされたら、こちらもいつも通りに振る舞うしかないな、と無理矢理笑った。


朝、ふと目が覚めて「あぁ、いつの間にか眠っていたのか」と自覚するまで1分もかかってしまった。

頭がぼーっとしている。

疲れているのだろうか。

きっと昨日あんな事があったから少し混乱していたのだろう。

自覚してからはテキパキと動けた。

これなら学校でも問題なく振る舞えるだろう。

いつものように、俺は学校に向けて自転車をこぎ続けた。

 

 

いつもの学校。

いつもの教室。

いつもの学友達。

すべてがいつも通り。

だけどなぜだろう。

少し雰囲気が違う気がした。


「おはよー、諸君。今日も元気かねー?」


教壇に立って笑いながら久遠先生が言う。

久遠 天馬。

俺たちのクラスの担任の先生だ。

いつも通りに出席をとる先生を眺める。

すると、頭の上辺りに、何かが浮いているのが見えた。

それは「テン」とかすれた文字で書かれていた―――。

 

 

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